娘の春休み、里帰りのついでに皆生温泉に行ってきました。10年前に妹と一緒に訪ねた旅館、“湯喜望 白扇”へ娘もつれて、3人で泊まったのです。
皆生といえば、私にとっては思い入れのある、“幻の電車”米子電車軌道が走った温泉街。8年前にご紹介ずみですが、この原稿を書いてからしばらくして、米子電車軌道の絵葉書と出会いました。ご覧のとおり停まっている電車を真ん中にすえて、細かい部分までくっきり。海岸近くらしい砂地に敷かれ、プツンと途切れたレールの終点で、お客さんを乗せて発車を待っている小さな電車。
図録などでは見たことがありましたが、ホンモノを手にすると、いまさらですが「本当に走っていたんだなぁ」と、実感がこみ上げてきました。
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さらにこの後、嬉しいことに走っている電車の絵葉書もやってきました!まだ新しそうな土手の上を、2輌も写っているのを見て興奮したものです! 土手の下を走っているのは、今の境線ですね。高い土手から街を見下ろす線路は、当時の米子の人たちにとって、なかなかハイカラな眺めだったのではないでしょうか。
最近里帰りのとき、タクシーの運転手さんに「米子から皆生まで電車が走っていたんだよ」と話しかけても、「本当なの?」とご存知ない方も増えてきました。さびしいですが、戦前の、しかもほんの短い期間しかなかったわけですから、年配の運転手さんでも知らないのは、無理もありません。
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さて、「湯喜望 白扇」に泊まって印象が深かったのは、ロビーに飾られていた立派な雛人形。行事は旧暦で進められているそうで、4月3日に仕舞われるとのこと。おかげでこうして拝見することができました。
棚や屏風だけでなく、このように建物まで造り込まれているのは、初めて見ました。あまりに絢爛豪華で、細かいところまで表現されたお飾りに、昔の人のこだわりみたいな気迫を感じて、圧倒される思いです。
最初「えっ、お城?」と思ってしまいましたが、お雛様は昔の宮中を模したものですから、帝のお住まい、御所といった方が正しいですよね。大正時代に作られたものとお聞きしました。今のような“雛壇”のスタイルに落ち着くまでは、意外とこういったつくりが普通だったのでしょうか。
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よい目の保養をさせていただき、お部屋についた露天風呂を3人で満喫し、雄大な日本海を眺めながら、皆生温泉まで電車が走っていた昔を想像して、楽しい時間を過ごしたのでした。